大田区発の地域包括ケアシステム-おおた高齢者見守りネットワーク(みま~も)

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2011.11.19そこにいる自分で・・・・
  •  さまざまな分野や、さまざまな専門の方々、地域住民との関わりが多くなる中で感じることがある。
     それは初対面であったり、「知ってはいるけれども・・・」ぐらいの人と向き合う時というのは、相手はそこにいる自分よりも他の自分(肩書きであったり、役職であったり、属するところであったり・・・)から自分と対峙するものだということ。
     その方と何かを取り組むにあたって私は、他の自分ではなく、そこでその人と向き合っている自分で話しができるよう心がけています。
     専門同士の垣根、地域の人が感じる「地域包括支援センター」という場の敷居の高さ、行政機関と「委託」という形で関わる地域包括支援センターとの関係性。
     人と対峙しているそのとき、その瞬間、じつは、そこにいない他の自分というものが相手にはあって、そこがともに何かを取り組むにあたっての見えない壁や障害となっていることが多い。
     私は人と協働していくとき、他にいる自分ではなく、その人の前にいる自分自身で接しようと心がけています。
     そう、目の前にいる自分が考えていること、大切に思っていること、その考えや思いに立って、笑ったり、うなずいたり、その人に向かって話したり、そのやり取りの中で人とつながり合う。
     相手が、最初に見ているほかの自分との見えない壁や垣根をまずは取っ払うこと。そして目の前の自分を感じてもらうこと。
     この相手との最初の過程が大事だと思うんです。
     このことに気づいてから、自分にある不必要なものは潔く脱ぎ捨ててきました。どんどんどんどん脱ぎ捨てました。
     脱ぎ捨てることに不安を感じた時期もありました。でもやっぱり脱ぎ捨てました。そして今の自分がここにあります。
     見えない壁をなくし、そこにいる自分で相手と向き合う。これって、簡単なようでじつは大変なことなんですね。捨てることの不安は思ったより大きいんです。
     でも、こうやって捨ててこれたのは、そこにいる自分で向き合った方が、相手との関係が深くなることがわかったからです。
     その方が相手も素の自分を出して思ったことを言ってくれる、表現してくれることがわかったからです。
     そこにいる自分で相手とつながることができる。その方がいいと思えるようになったからです。
     これが何を行なうにしても一番大事なこと。言い換えれば、脱ぎ捨てる必要性を感じなければ、協働して何かを取り組む資格もないということ。 
     今までの自分で、何か人との関係性の中で協働を生み出すということができるほど、この『協働』というものは簡単じゃぁない!
     そう思います・・・。
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