大田区発の地域包括ケアシステム-おおた高齢者見守りネットワーク(みま~も)

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2011.8.25メッキなんていらない!
  •  「自分のことをわかってくれない・・・」
     「自分はがんばっているのに周りが認めてくれない・・・」

     そんなことをいつまでも、うだうだと考えている方々へ・・・。
     いつまで、他人のせいにして逃げているのですか?
     いつまで自分を中心に世界が回っているとお思い続けるのですか?
     周囲の人のせいにする前に、あなたは、回りの人たちにわかってもらうためにどんな努力をされているのですか?
     わかってほしいと思うあなた自身の柱は何ですか?何を大切に生きているのですか?その大切なものを築くために何を学んでいるのですか?
     自分に何もないくせに、何を格好つけているのですか?
     
     自分がが捨てなければいけないものを捨てる努力をせずに・・・、大したものを自分に持ち合わせてもいないくせに・・・、今の自分というものを後生大事に持ち続けている人に・・・、自分というものを打ち立てられるわけがない。
     自分というものを持たない人を、誰が知りたい、知ろうと思うでしょうか?
     いつまでも、相手のせいにせずに、自分に真正面から向き合いませんか?そして、その自分に向き合おうとするまっすぐさで、相手に向き合いませんか?
     自分を変えるという努力は、半端なものじゃない。
     薄っぺらいメッキを自ら剥がすのです、痛くないわけがない。
     相手に自分の薄っぺらさをさらけだすことになるかもしれない。
     
     でも、それが今の自分。
     
     そこからスタートでいいじゃないですか!!
     自分の薄っぺらいメッキは、自己中心では気づかない。まわりの方が気づいているものです。
     そんなものは、早々に捨てちまえばいいんです。
     いつまでも自分かわいさで、いつまでも世界の中心が自分で、その場を無難に交わし、逃げ続けるのであればそれもよし。ですが、それでどこに行ったとしても、結果は同じ。
     それがいやなら向き合うしかないんです!!
     私は、このスタートを切ろうとする人の。小さいけど大きな一歩を、心から応援したいと思います。
     このような人の、自分のメッキを捨てられない気持ちがよくわかるから・・・。自分もそうでしたから・・・。
     ここまでの文章は、自分に言っているのですから・・・。
     肩書きや看板でそこにいられる者ではなく、自分という一人間で、人と向き合える自分でいきましょう。
     自分はそう思うんです。
     
     
     自分に薄っぺらいメッキを塗りそうになってしまうとき、いつもこの詩を思い出します。大好きな詩です。
                
    「自分の感受性くらい」   茨木のり子
    ぱさぱさに乾いてゆく心を  ひとのせいにはするな
    みずから水やりを怠っておいて  気難しくなってきたのを
    友人のせいにはするな  しなやかさを失ったのはどちらなのか
    苛立つのを近親のせいにはするな
    なにもかも下手だったのはわたくし
    初心消えかかるのを  暮らしのせいにはするな
    そもそもが ひよわな志にすぎなかった
    駄目なことの一切を  時代のせいにはするな
    わずかに光る尊厳の放棄
    自分の感受性くらい
    自分で守れ ばかものよ
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