今日仕事中に、今月末に開催する
大田区医療・介護従事者交流会の件で、うちの職員とちょっとした意見のぶつかり合いがありました。
当日受付等を、昨年まで地域の事業所の方々に声をかけ、実行委員会形式で関わってもらっていました。そして今年も、皆さんが当日の受付や案内を行ってくれるそうです。
そこで、職員から相談があり、「今回は事前に集まることが大変だし、毎年やってもらってわかっているから当日の打ち合わせだけでやってもらう」という職員からの相談でした。
「ちょっと待って、実行委員会形式で取り組んできた意味は?集まってただ、受付の内容の確認だ
けしていたわけではないよね・・・・」そんなやり取りを職員としていました。
こっちが大変だと気遣っているつもりが、じつは、関わってくれる人たちを
ただのお手伝いにしてしまい、
お客さんにしていることがあるんです。
ただの受付・・・、でもこの
受付という役割をするまでの話し合いや取り組みの過程が大事なんです。
なんでもそう、多くの人が自分たちの活動だと関わってもらう、お客さんをつくらないことが、強い組織や会をつくるうえでとても重要なことなんです。
自分が大変なのは苦と思わない・・・。けれど、ほかの人たちには「大変だから・・・」と、関わろうとする人たちの機会を奪ってしまう・・・。
「大変」といえば、何をするのも大変です。じゃあ、なんで自分はその「大変」なものに関わっているのか。それは、自分自身がそこに関わる価値を見出しているからです。
「大変」だから・・・と遠慮する前に、なぜ自分は大変なものに関わっているか、この大変なものに関わっている自分が見つけた価値を相手に伝える、そして、「一緒にやってみよう!」と自分の言葉で伝えてみましょう!
それでだめだったら仕方がない。それでも決して無駄だと思いません。自分が大切だと思うことを相手に伝えることが出来たんですから・・・。
話して関わってくれることになれば、自分にとっても、この関わっているものがより価値が大きいものになるはずです。
自分が大切だと思ったものが相手に伝わり、その人にとっても大切なものになるよう自分の関わりも変わってくるはずです。
そして、「大変だから・・・」という相手に対しての不必要な遠慮が、いかに相手が新しい価値を見つける機会を奪っていることかきっとわかるでしょう・・・。
考えてみれば、「大田北高齢者見守りネットワーク」もこうやって創ってきたんだなあ・・・と実感します。
「大変」かどうかは、相手に決めてもらえばいい。
大変という中にじつは、
大切な、人として価値のあるものがあるはずです。
最初に職員とぶつかり合いをした・・・と書きましたが、じつは、この職員はこのような私の思いを十分理解してくれています。
こうやって言えば、私がいつもどおりに引っ掛かってくるか、試してくれたのかもしれません。案の定引っ掛かり、またまた熱く職員に語ってしまいました
帰り道の川崎のチネチッタで、店を閉める前の花屋さんの前を通り過ぎました。何か夜の花屋さんがキラキラ見えて、気づいたらカバンからカメラを取り出し、「パチリ」とシャッターを押していました。
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