どの世界でもそうでしょうが、特に、福祉の世界で働いていて感じることは、
自分の立ち位置をしっかり決める、定めておく ことが何より必要だということ。
立ち位置が定まっていなければ、見えるものも見えません・・・。語るべきものも持ち合わせられません・・・。そして、今の時代を見通すことも・・・。
この立ち位置・・・。自分の世界の中で、自分を主張するだけに必要なものとして定めてしまうと、立ち位置が定まっていないのと同じ。低く、見通しの悪いものになってしまう。
自分自身も、この立ち位置を定めるための葛藤が長く続きました・・・。
自分勝手な、自分だけの大切な「傷つけられたくない」という囲いをつくり、見なければいけないものも見ようとせず、自分の世界だけの立ち位置で、なぜか悶々としながらも、日々だけが通り過ぎていくという年月を長く過ごしていた気がします。
立ち位置(決して譲れない真の部分)って、頑固に自分が大切にしてきたものを後生大事に守ることではないんですよね。自分だけが大切に思っていることって、自分だけで考えていることなんて、じつはちっぽけなことなんです。
例えば、どんなに立派なことを、自分の中だけで立ち位置にしたとしても、それが自分の中で定まっていなければ、他者からは「こいつはきれいごとしか言わない・・・」ということになってしまう・・・。
いいんですよ!立派なことを自分の中で打ち立てて立ち位置にしても・・・。ただ、この立派な言い分を、相手にも認めてもらうことが必要なんです。
どんな相手とも自分の立ち位置を認めてもらうことができて、初めて本当の立ち位置になるんです。
相手に見向きもされない立ち位置は、どんな立派なことを言っていても自己満足の立ち位置でしかない。
だからこそ、
自分の立ち位置を定めること=仲間づくりなんです。多くの人と出会い、本音で話し合う中で自分の殻を脱ぎ捨て、自分自身の立ち位置を築いていく・・・。
高い理想で、相手とも共感できる。そして決してブレることのない立ち位置を、自分自身に築きたいと思います。
私がこの十何年、未だに定まっているとは言えませんが、立ち位置としているもの。それは、誰とも共感できる本質を見極めること。
日々目まぐるしく変化していく今の社会の中で、目の前に起こることだけしか見ないでいると、本当に大切な価値も見えなくなっていってしまう。
あふれかえる情報化社会の中で、見極める大切さを身につけていきたいと思っています。この立ち位置を、自分の中で
「 本 物 」としていくために、真剣に他者と向き合う自分でいたいと思います。
風になびくコスモスが、太陽に向かってしっかりと咲いていました・・・。
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