人間の一生の中で 「高齢期」 というものをどう考えるか・・・。この捉え方によって、高齢者を支える制度、仕組みが大きく変わってきます。
「高齢期」 はある日突然やってくるものではありません。若い頃からの生活の基盤があり、高齢期を迎えていきます。つまり、若い頃から高齢期を迎えていくための生活基盤がしっかり形作られていくことが重要です。
国の制度や仕組みも、「高齢化が進んでいるから高齢者を支える政策を・・・」という発想では、世界で初めて超高齢社会を迎えていくわが国の高齢者を本当の意味で支えていくことはできません。
制度発足当初、介護保険は介護が必要になった人を対象に、自分で選択し、サービスを受けられる仕組みをスタートさせました。
その後、給付抑制という狙いもありつつだが、介護状態にならないための「介護予防」の考え方が加わったが、高齢者を取り巻く「家族」という単位の危機的崩壊、高齢期を迎えるための生活基盤づくりまで視野に入れていない現状です。
例えば、1ヶ月に親と子が食事を共にする回数は、世界的な標準と比べると、日本は壊滅的と言わざるを得ないほど低い。
また、海外でも成人すると親と別居していくが、近隣に仕事、住まいという生活基盤を置く割合が多い。日本ではまず、職場を拠点とした生活基盤を決めるため、親とは離れることとなる。
しかも自分自身も家庭を持つようになれば、子どもの養育費、教育費、自宅のローン返済等、自分自身の生活で精一杯となり、親の介護、経済的支援、また、「介護が必要だから同居する」など考えることができない。
高齢期を歩んでいる親にとっては、「孤立」という現実が目の前にある。しかし、親に精一杯の支援ができないでいる子たちも、将来自分自身にやってくる「高齢期」に向けての生活基盤が見えず、不安を感じている人が多いのではないでしょうか。
東京都のある自治体では、一人暮らし高齢者の年間収入が150万円未満が29.3%であるという。今後、高齢化は進み、特に75歳以上高齢者の一人暮らし、夫婦のみ世帯の割合はこれから30年伸び続ける。
給与のアップも望めず、失業率も増えている高齢者の子たちの世代にとって、自分たちが高齢期に向かうための生活基盤のない不安は増える一方です。
平成19年12月発表された、「東京都地域ケア体制整備構想」でも、10年後、30年後の東京都の高齢者の様々な見込み数を上げた。
そして今後は、地域住民、元気高齢者、また、「人材の宝庫、東京」の特性を生かした支えあい、ネットワークづくりを掲げ、10年後の東京では、高齢者は住みなれた地域で、また、自分自身で住まう場所を選択し、暮らすことができている・・・と謳っている。
果たしてそうでしょうか・・・?
各自治体の本来の責任は、事実を客観的に把握し(事実に根ざす!)、実態から現制度の問題点、制度の対象をどこに置くか(高齢者を対象にするだけでいいのか)、本来の対象はどこか。
これを考えたうえで、法制度でできない部分をどうするのか、地域の力なのか、民間の力なのかを決めていくことが求められているのではないでしょうか。
実態把握、特に高齢者の場合には生活全てを把握すること、また、サービスを利用していない、自分からは希望できない人たちの生活を把握しなければ、地域ケア体制整備構想のような10年後はやってこないと感じています。
最近の春めいた陽気に、池上本門寺の猫もぽかぽか気分を満喫していました。
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