今から4年前・・・・、NHKスペシャル 「消えた高齢者無縁社会の闇」 という番組で取材協力をした。
その時に出逢ったのが、池田記者。
この番組のシリーズは当時大きな反響を呼び、
「無縁社会」 という言葉は、その年の流行語大賞にも選ばれたほどだ。
今でこそ、様々なマスコミに地域包括支援センターが取材協力していることを目にするが、当時、年金不正受給の問題などもあり、自治体は放送に過敏となっていて、担当課の一部の方からはひどい横やりが入ったこともあった。
無理もない、当時はキーホルダー事業もみま~もに関わる一部の地域包括支援センターでしか取り組んでおらず、それが番組に取り上げられる。しかも、このキーホルダーを持った人が行方不明になっていることを取り上げるのだ。
池田さんは、その都度自治体に足を運び、番組の意義、個人情報などについては万全を期すことなどを伝え、理解を求めた。
私も法人や仲間に迷惑がかかるかもしれないと、この番組が全国放送された後は、地域包括支援センターを辞めるしかないと、半ば腹をくくっていた。
それでも最後まで取材協力を続けたのは、池田さんの番組制作への熱意に、いつしか自分自身も 「この番組を通して、今国民に伝えなければいけないものがある。」
そんな思いを持ったからにほかならない。
池田さんが制作した NHKスペシャル 「消えた高齢者無縁社会の闇」は、番組放送後大きな反響を呼んだ。核心に迫った番組内容には、大田区の行政機関の多くの方からも好意を持って受け入れられた。
そしてこの番組をきっかけに、キーホルダー事業を大田区として取り組んでいく動きが加速していった。
それまで私に対して意味のない非難の言葉の数々を浴びせてくださった担当者からは、その後も謝罪はなかったが、お会いした時には私に笑みを浮かべ、うれしくもないお褒めの言葉やごあいさつをいただくことが多くなった。
池田さんとは、その後もずっとずっとつながっている。
地元の鹿児島に異動となっても、鹿児島の医療・介護関係者とのネットワークを築き、(鹿児島医療介護塾:
ホームページはこちらをクリック ) 鹿児島に私を呼んでくれ、そのメンバーと私をつなげてくれた。
そして!8月から再び東京に戻ってきた池田さんが、わが地域包括支援センタ入新井の扉を開けて訪れてきてくれた。
今から4年前、取材のために初めて事務所に来てくれた時とまるで変わらない様子で・・・。
4年前のあのときと同じように・・・・。
池田さんが、「無縁社会」の番組制作についての思いを語った記事がありましたのでご紹介します。ここをクリックしてご覧ください。
池田さんが忙しい仕事の合間をぬって、事務所に来てくれましたぁ!
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新事務所に初めて来た池田さんに、まずは事務所のすみずみまでご案内

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みま~もで取り組んでいる 「まちづくりが元気!おおた登録事業」。この取り組みに関わっている登録事業所向け勉強会の講師を、池田さんにお願いしました。
さっそくの打ち合わせ。
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その後、池田さんをアキナイ山王亭、みま~も公園へご案内。
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「あの公園が、こんなにきれいになったんですかぁ~~~!」
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鹿児島医療介護塾の仲間たちに報告するために、写真撮影する池田さん。
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「みま~もファーム」も、入ってよく見て!!
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「明日は、公園で秋祭りがあるんだよ!」
というわけで明日の秋祭りには、池田さんが祭りに来て、フランクフルトを焼いてくれることになりましたぁ!
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アキナイ山王亭を見学。
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池田さん・・・、おれたちがんばってきたでしょ。
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アキナイ山王亭、2件隣りの「そば処 六兵衛」
「今回はちがう場所を用意してるけど、次に呑むときにはここにしようよ!」
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老舗 和菓子屋 「金海堂」
みま~も饅頭を鹿児島に行くとき持っていったよね!律儀な池田さん、「あの節はどうもぉ~~~!」
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事務所そばの「とっくり」へ場所を移して、再会の宴。
わが包括支援センターのみんなも参加してくれました。これでいつ来ても、俺がいなくても、いつでも気軽に来れるでしょ!
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店の外にちょっと出たら、帰宅途中のカドヤ建設常務取締役野口さんにばったり!
池田さんと呑んでいることを伝えると、一緒に参加してくれることに

「お帰り!池田さん」
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「とっくり」のマスターとおかみさん。今日は旧友との特別な日だということを伝えると、特別な酒を用意してくれました!!
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「久保田 翠寿」
さぁ、呑めるやつはどんどん呑め!
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4年間・・・、いろんなことがあったね。話しは尽きません。
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「とっくり」をあとに、大森の酒飲みの生地 「地獄谷」へ!
明日はみんな、秋祭りだよ!ほどほどにね。
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